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東京高等裁判所 平成10年(ラ)604号 決定

抗告人

株式会社さくら銀行

右代表者代表取締役

岡田明重

右代理人弁護士

小川信明

友野喜一

鯉沼聡

右復代理人弁護士

高橋秀一

主文

東京地方裁判所が平成一〇年三月九日にした本件競売の手続を取り消す旨の決定を取り消す。

理由

一  抗告人は、主文同旨の裁判を求めた。抗告の理由は別紙執行抗告理由書写し記載のとおりである。

二  本件記録によれば、次の事実を認めることができる。

1  抗告人は、平成八年五月二〇日、株式会社ハタリュー(以下「ハタリュー」という。)所有の本主文掲記の原決定別紙物件目録記載1ないし4の各土地(以下「本件各土地」という。)に設定された根抵当権(同目録記載1ないし3の土地につき平成元年四月六日、同4の土地につき同年八月一日各設定登記)に基づき、本件各土地の競売を東京地方裁判所(以下「執行裁判所」という。)に申し立て、執行裁判所は、平成八年五月二二日、競売開始決定をした。

2  執行裁判所の評価命令に基づき、評価人は、平成九年一月二四日、本件各土地の評価額を一億〇三五五万円とする評価書を執行裁判所に提出した。

3  執行裁判所は、平成一〇年二月二四日付けで、抗告人に対し、本件各土地の評価額が引受となる留置権の被担保債権額四億一六三四万七五一八円を下回るとの理由で民事執行法六三条一項による無剰余通知をしたが、抗告人が同通知を受けた同月二五日から一週間以内に同条二項に定める自己買受等の申出及び保証の提供をせず、かつ、剰余を生ずる見込みがあることを証明しなかったため、同年三月九日、本件競売の手続を取り消す旨の原決定をした。

4  原決定が引受となると解した留置権は、西松建設株式会社(以下「西松建設」という。)が本件各土地上に建築した建物の建築工事請負残代金四億一六三四万七五一八円を被担保債権とするものであるが、右建物建築の経緯等は次のとおりである。

(一)  西松建設は、平成二年八月八日、ハタリューとの間で、本件各土地に鉄骨造八階建建物の建築工事請負契約(請負代金五億九九四六万円)を締結し、そのころ建築工事に着手した。

(二)  ところが、ハタリューは、右建築工事の途中である平成三年九月九日に東京地方裁判所で破産宣告を受けたため、工事は中止された。その段階で、本件各土地上の建築中の建物は、躯体及び三方の外壁は出来上がり、建物の前面は三階以上がサッシュ施工済みであるがガラス工事が未施工で、二階以下はサッシュ及びガラス工事とも未施工の状態である。

(三)  右破産宣告時におけるハタリューの西松建設に対する請負残代金は、元本四億〇五〇七万七六七〇円と破産宣告時までの約定遅延損害金一一二六万九八四八円の合計四億一六三四万七五一八円であった。

(四)  西松建設は、本件各土地に建築中の建物を万能板で囲い出入り口を施錠するなどして右建築中の建物を占有している。

(五)  なお、本件各土地は、ハタリューに対する破産宣告により破産財団に属したが、破産管財人が平成七年一二月一二日放棄し、ハタリューの所有に戻った。

三  商事留置権が成立するためには、債務者所有の物がその債務者との間における商行為によって債権者の占有に帰したことを要する(商法五二一条)。ところで、建物建築工事請負人は請負契約の趣旨に従って建築する建物の敷地である土地に立ち入り建築工事をするのが通常であり、工事の着工からその完成と注文主への引渡までの間の請負人による土地の使用は、他に別段の合意があるなどの事情がない限り、使用貸借契約などの独立の契約関係に基づくものではなく、請負人が請負契約に基づき建築工事をして完成した建物を注文主に引き渡す義務の履行のために、注文主の占有補助者として土地を使用しているにすぎないというべきであり、土地に対する商事留置権を基礎付けるに足りる独立した占有には当たらないと解するのが相当である。

また、本件においては、ハタリューが破産宣告を受けたため建築工事が中止されたが、西松建設は、その時点までに躯体が完成した建築中の建物の所有権を原始取得しており、右建築中の建物を所有することによりその敷地である本件各土地の占有を取得したと解される。しかし、この場合の土地の占有は、当初の請負契約に基づく請負人の土地使用とは別個のものであり、請負人と注文主との間の商行為としての建物建築請負契約に基づくものともいえないから、請負人である西松建設が右占有を基礎として敷地に対する商事留置権を主張することはできないというべきである。なお、西松建設は、本件各土地に建築中の建物を万能板で囲い出入り口を施錠するなどして建築中の建物を占有しているが、右占有によって本件各土地を占有したことにはならないし、仮に万能板で囲い出入り口を施錠したことにより直接本件各土地の占有を取得したと解し得る場合があったとしても、右占有が商行為によって生じたものでないことは明らかである。

そうすると、前記別段の合意があるなどの事情を認めるに足りる資料もない本件においては、西松建設が本件各土地に対し前記請負残代金を被担保債権とする商事留置権を有するものと認めることはできないから、西松建設が右留置権を有することを前提として本件各土地の評価額が右留置権の被担保債権額を下回ることを理由に本件競売の手続を取り消した原決定は相当でない。

四  よって、原決定を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官荒井史男 裁判官大島崇志 裁判官寺尾洋)

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